FC2ブログ

大山 川床~矢筈ヶ山~甲ヶ山~甲川

ホームページに詳細をアップしました

23日労山の仲間 峰さん、KYさんと行ってきました。
川床で倉敷労山の仲間5人と出会いご一緒しました。

2012-6-23daisen 031
矢筈ヶ山から大山東面 曇り空ながら時々、日も差してまずまずでした

2012-6-23daisen 036
小矢筈と甲ヶ山

2012-6-23daisen 102
甲ヶ山から「ゴジラの背」を進む 岡労、倉労合同隊

2012-6-23daisen 107
甲川へ急降下

2012-6-23daisen 110
甲川 ここまで来ればやれやれ

ランキング参加中

よろしければクリックお願いします
スポンサーサイト



大山 宝珠尾根

ホームページにアップしました

12日曇りの予報ながら降水確率は低かったので行ってきました。
時々霧雨に遭いましたが視界はおおむね良好でした。

2012-6-12daisen 001
宝珠尾根のブナ

2012-6-12daisen 023
視界はこの通り

2012-6-12daisen 073
象ヶ鼻から天狗、剣ヶ峰

2012-6-12daisen-n 010
雲が流れる烏ヶ山

2012-6-12daisen-n 022
矢筈、甲ヶ山を望む 海岸線も見える

2012-6-12daisen 089
砂すべりは砂のかぶりが薄く雪が出ているので滑りにくい

2012-6-12daisen 085
まいづる草

2012-6-12daisen-n 031
イワカガミ

2012-6-12daisen-n 003
真打ち ノビネチドリ

ランキング参加中

よろしければクリックお願いします

第78回東光展

毎年案内をもらっている東光展を鑑賞してきました。
6月5日~6月10日 天神山文化プラザ

2012-6-6 007
新見ハイキングクラブ所属で何度か一緒に山行した
毛利光男さん(東光会会員)の絵が出品されている。

2012-6-6 008
「トレド」

ランキング参加中

よろしければクリックお願いします

初夏の雪彦山

2日と3日にMリーダーとSSさんの3人で行ってきました。
心配されたヒルにも出会わずやれやれでした。
曇りながらまずまずの天気でしたが岩は我々の独占でした。

2012-6-2seppiko 006
三峰1ピッチ目10時スタート 友人登路左の凹角から
少し遠いピンもあるけど人工とフリーで抜ける

2012-6-2seppiko 008
セカンドのSSさん

2012-6-2seppiko 009
登っていると法螺貝の音が鳴り響く

2012-6-2seppiko 015
2ピッチ目 中央壁(白い壁ルート)
クラックに沿って登る

2012-6-2seppiko 019
そして核心のハングを突破

2012-6-2seppiko 029

2012-6-2seppiko 030
必死で頑張るSSさん

3ピッチ目も大変でしたが私はおもしろいルートに感じられました。
そして不行岳(ゆかず)南東ルートを上がって大天井岳に着いたのが3時半
下山していたらかなり遅い時間にもかかわらずNHKの取材班が撮影をしていました。

3日は未明から雨が降り出して残念ながら引き上げました。

ランキング参加中

よろしければクリックお願いします

海に墓標を

友人から読んでと本を渡された。友人は知人からもらったそうだが
テーマが重すぎてちょっと読み切れなかったようだ。
私は非常に感銘を受けたので少し紹介させてもらいます。

2012-5-29otowasanmaru001.jpg
作者は岡山県の人でプロの作家ではない

戦死公報には比島方面で戦死とあるだけで状況はもちろん遺骨も
帰ってこなかった父親の最期を執念で突き止めた物語である。

岡山県の田舎で農業していた父親は妻子を残し36歳で招集された。
中元さんが調べて判明した戦死の日は奇しくも37歳の誕生日だった。
妻子を残し死んでいった父親も死んでも死にきれなかったと思うが
戦後母親もなくなり兄弟だけで生き抜いた中元さんたちの苦労も
筆舌に尽くしがたい。

日本が引き起こした戦争に翻弄された庶民の一つの典型だろう。
それにしても国も命を捧げた兵士の最期ぐらいは遺族に丁寧に
知らせるべきではないか。戦後すぐには無理としても世の中が
落ち着いてからでも調査は可能だったはずだ。現に中元さんは
独力で調べている。

多くの遺骨も現地に放置されたままだ。兵士だった人、遺族が
生きているうちに国の責任で手をつけるべき問題だろう。
放置すれば国の怠慢といわれても言い訳できないと思う。

「ヒ82」船団 シンガポールから内地に石油を輸送する
5隻のタンカーと5隻の護衛の海防艦(フリゲート艦)で編成していた。

父親はこの一隻の「音羽山丸」に陸軍船舶砲兵として乗り組んでいた。
昭和19年12月22日僚船の「御室山丸、ありた丸」と共に米潜水艦
の攻撃でベトナム沖に沈んだ。

すでにレイテ島に米軍が上陸し内地と南方を結ぶ航路は閉ざされようとしていた。
完全に払底したガソリン、重油を内地に還送すべく集められた日本に
最後に残された高速優秀船団 ガソリンを満載した音羽山丸、ありた丸は
火の海となり乗組員もろとも海底に沈んだ。わずかな生存者が救助されただけだ。

戦没した輸送船の乗組員の御霊に合掌

ランキング参加中

よろしければクリックお願いします
プロフィール

ならづのオッチャン

Author:ならづのオッチャン
岡山市郊外の「吉備の中山」を眺められる地区が住み処です。時々「吉備の中山」を歩いています。

性格は少し短気ですが決して「ならず者」ではありません。山と演劇鑑賞を愛する平和なオッチャンです。

所属している「岡山勤労者山岳会」では会員を募集中です。
メールフォームからご連絡をお願いします。詳しく案内をします。

同じく「岡山市民劇場」でも会員を募集中です。
カテゴリ中の市民劇場をクリックしていただければ詳しい説明があります。

リンクの「山行とハイキングの記事一覧」をクリックすればブログ内の記事にかんたんにアクセスできます

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
私のHPです
ならづもの登山記
ブログにアップされた記事から選んでHPに編集します。
カウンター
FC2ブログランキング
ランキングに参加しております

FC2Blog Ranking

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード